僕という人間
今まで生きてきた人生を振り返ってみたら、
それが1つの枠にはまってた、みたいな感覚。
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ある時からずっと自分の気になっていた変な部分。
変、というか、単に短所というか。
大学を卒業して、少しだけ忙しい時間から解放されて、そこでより浮き彫りになった部分。
もしかしたらずっと無意識に目を伏せていたところ。
そんなところと向き合おうと思って、色んな人に協力してもらって色んな診断を受けました。
すると、自分が障害者である事がわかりました。いや、認めたというべきかな。
ADHD。注意欠陥性多動障害。
それと、併発する色んな症状。
気分の浮き沈みが激しすぎること。
守ろうとしても時間が守れないこと。
計画が立てられないこと。
心の防衛機制がうまく働かないこと。
強迫障害。
愛着障害。
鬱に近い症状。
その他もろもろ。。
気づいてはいたけれど、それでもやっぱり不思議な感じ。
今の自分と何ら変わりはない自分、けれど、振り返ってみたら、
生まれた時から「障害者」という枠にはめられていた感じ。
「障害は個性」という言葉はずっと知っていた。
理解しようとしていたけれど、いざ自分がその立場になると、苦しくて涙が出てしまう。
そのあたり、きっとまだまだ理解なんて出来てなかったんだなぁ。
「悲しい」という感情もまた少し違う、もっと「淋しい」寄りの感情。
症状や症例を見ていると、過去の自分に当てはまりすぎて、
あぁ、だからあの時こうしちゃったんだ、とか。
傷つけたいはずじゃないのに、傷つけてしまったたくさんの人たちに、今更でも、やっぱり謝りたいと思う。申し訳ないことばかりしてしまった。
障害を言い訳にするわけじゃないけれど、でも、もっと早く自分のことを分かりたかった、扱い方を知るべきだった、とか、今考えてます。
まだきっと完璧には受け入れられてなくて、でも受け入れようとしているところ、なう。
「できない自分」をそのままに認めて、等身大で生きるためには必要なこと。
もちっと、ゆったりのんびり、自分と向き合っていきたいと思います。
そんな自分に寄り添う本がたまたま身近にありまして。
「悲しみの秘儀/若松英輔」
この本の中で、宮沢賢治のこんな詩が出てきます。
もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ
この詩は、宮沢賢治が愛していた妹のトシが亡くなる半年前に書かれたものだそうです。
妹の死が頭をよぎるたびに、どれだけ強がっても淋しさが襲ってくるに決まっている。闇に覆われ、光を見失うかもしれない。それでも自分はひとり、定められた道を「すべてさびしさと悲傷とを焚いて」すすむ、という詩。
「透明な軌道」は、人生の道は目に見えずそれぞれの人にとって固有のものであること、を示しています。
僕が障害を知った時に感じたのは、今までの自分との「別離」。
だからこそこの詩が心に響いたのかもしれません。
悲しみは、忘れたり乗り越えようとするものではなく、それがあるからこそ「生きていられる」ものであるというのです。
悲しみを伴って生きていくことが大切なんだと。
同じ悲しみがないからこそ、他人の悲しみに響きあうのかも。
最後に、もう一つ悲しみに関して、引用。
かつて日本人は、「かなし」を、「悲し」とだけでなく、「愛し」あるいは「美し」とすら書いて「かなし」と読んだ。
悲しみにはいつも、愛しむ心が生きていて、そこには美としか呼ぶことができない何かが宿っている。
人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある。
悲しむ者は、新しい生の幕開けに立ち会っているのかもしれない。
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今回こうしてブログにしたのは、自身のことを、発信という行為を通して自分で受け入れるため。アウトプットを通じて自分のことを自分にインプットするため。
そして友達やこれから出会う人に、正しく僕という人間を知ってもらうため、です。
もしも似た思いがある人がいたら、なんでも力になりたいと思います。
単純に興味が有る人も、なんでも話すので気軽に連絡してください。
さてさて、今日は雨。こう言う日こそ、お散歩日和ですよ。
ゆったり生きていきましょう。